ぶらっくまんた

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『良い子』


「んあ?」


暗い部屋の中でフランは目覚めた。
あごに滴る涎を感じて、それを拭き、身を起こす。
吸血鬼であるフランにとって闇は目隠しにはならない。軽く目を擦れば当たりの様子が昼以上によく見えてくる。


「なにここ?」


そこは蔵の中だった。太い木を何本も組み合わせて作られた壁。フランの胴回りより太い大黒柱。天井は高く、薄い光の差し込む小さな窓には格子がはめられていた。


「わあっ! すっご~~~い!!」


その光景にフランは目を輝かせる。初めて見る和式蔵の中、好奇の対象はいくらでもあった。フランが柱に抱きつき、その太さを確かめている時だったろう。蔵の扉が重たい音を立てて開き始めたのは。


「ん?」


そこには実に奇妙な格好の女性が立っていた。
髪の上部は黒に近い濃紺だというのに、毛先に向かうほど金の輝きを増していく。服はいわゆるゴシックロリータと言われる服装に近く、黒を基調としたそのデザインはどこか少女らしさを演出しながらも、彼女本来の豊満な体型を隠そうともせず、落ち着きと大人びた雰囲気をかもし出していた。服の上に巻きついた細長い白の布は、どこか強い戒めと束縛された力を感じさせる。
そして、顔に浮かぶのは判を押したかのような柔和な笑み。
聖白蓮。
最近、幻想郷にできた命蓮寺という寺の僧侶だ。
フランは物怖じせず、白蓮の元へと駆け寄った。


「おばさん誰? ここはどこ? ねえねえ、ここで遊んでもいいでしょ? いいよね!? わはっ!」


白蓮は笑顔。
ただ笑いながらフランを見ていた。
その顔にフランも笑顔を返す。
そして、白蓮はそっとフランの頭に手を置くと、その髪を乱暴に掴み上げた。


「ぎぃ!?」


奇妙な声を上げて、顔を歪めるフラン。
白蓮はフランを目の高さまで釣り上げると、その顔に固めた拳を叩き込んだ。
その拳は鋼以上の強度があった。
フランの牙を砕き、口を切り、めり込んでいく拳。
まるで巨大な岩に潰されたかのような衝撃。
フランは前も後ろもわからないまま、蔵の壁に叩きつけられた。
だが、特製の結界の張られた壁はビクともしなかった。


「がっ……は……っ!」


涎と混じり粘性を増した血がフランの口からあふれ出す。
そこでようやくフランは蔵の端に落ちている爪と血の跡に気付く。
白蓮は笑顔のまま拳に張り付いた牙をドロでも落とすように払っていた。


「お、お前えええっ!! そうか! お前は敵だな! 敵は壊してやる!!」


フランは右手を白蓮にかざす。
フランが持つ最強にして最大の力“ありとあらゆるものを破壊する程度の能力”。
抗いようのない絶対破壊を行使せんと、フランは白蓮の“目”を手の中へと移動させた。


「ぎゅっとして――」


だが、その手が握られんとした瞬間、白蓮が消えた。
気がついた時、白蓮はフランの目の前に居た。
その両腕はフランの右腕を掴んでいる。
万力を超える力が一瞬にして細腕にかかる。


フランの右腕は爆ぜた。まるで花火のように。
白蓮の腕によって無理矢理圧縮された筋肉と血管は一瞬にして膨張。皮膚を破裂させ外へ吹き出した。同時に上腕骨は二箇所に渡り砕かれ、その機能を完全に破壊した。


「ぎ、があああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」


フランの能力は手を握らねば発動しない。
肝心の手を動かす筋肉を破壊されれば、能力も発動不可能だ。
白蓮は同じように左腕も完全に砕いた。
その作業を行う間、白蓮は終始笑顔だった。


「あ…が……が」


あごが外れんばかりに口を開き、痛みを表現するフラン。
そんなフランの頬を白蓮は血濡れの両手で優しく撫でた。
そして、平手の両手でフランの頭を包み込み、ゆっくりと合わせていく。


「や…やめれぇ……」


牙で切ったのか、傷ついた舌ではうまく喋れないらしい。
だが、そもそも白蓮はフランの声など届いていないように力を込めていく。
魔術的な強化を受けたその両腕は、吸血鬼たるフランの頭蓋さえボールのようにひしゃげさせていく。


「お…おお……ぁっ!」


最初に崩壊したのは目玉だった。最初の半分近くまで凝縮されたフランの“中身”は逃げ場を眼球に求めたのだ。
まぶたをこじ開け、赤い目玉が半球状に浮かび上がり、集まった血液でガラス体まで真っ赤に染まっている。
さらに白蓮が腕に力を込めると、両眼はあっさりとフランから抜け出した。白い糸のような視神経だけが、フランと目玉を繋げる唯一の線となった。


「た……ぃ……けぇ……」


空洞の眼窩から血の涙を流すフラン。
鼻からも耳からも血があふれ出し、壊れた両腕を振り回しなんとか白蓮を止めようとしている。


ビシッ、と氷の割れるような音が響く。ついに頭蓋骨まで砕け始めたのだ。
フランの股間から黄色い小便が流れ始めた。
そんなフランに白蓮は微笑み、すぅと息を吸う。


「南無阿弥陀仏」


ばちゅっ!!
文字で表現するならそんな音が合うだろう。
潰されたフランの頭は壁に綺麗な放射線を描いていた。
唯一跡を残しているのは下あごの一部だけ。
白蓮は合掌の姿勢でしばらく立っていたが、やがてさっぱりとした顔で蔵の出口へと向かった。



◆   ◆   ◆



再び蔵の扉が開かれた。


「死ねえ!!」


白蓮が顔を出すのと同時にフランは頭上から飛び掛った。
破壊された両腕と頭部は一夜のうちに再生していた。
だが、必殺の威力を持って振られたフランの腕は白蓮に捕まれ、いとも簡単に床へと叩きつけられる。
フランは知る由もないが柔術と言われる日本独特の拳法であった。


「な――っ」


そのままフランの腕を白蓮の手足が押さえ込む。
制止の言葉すら言えない一瞬の技。右腕の関節は粉々に粉砕された。
左腕はそこまでするのが面倒だったのが、指を通常とは逆向きに曲げられ、五指全ての機能を奪われた。


「い…ぐぅぅぅうぅぅぅっ!!」


完全破壊よりもなまじ神経が生きている分、痛みは関節破壊の方が遥かに強いらしい。
フランは身をよじりながら、痛みを逃がさんと牙を食いしばる。


「な、なんでこんあぁ! こんなことするぅ!! くそくそくそ! くそばああ!!」


息も絶え絶えになりながらも、フランは叫んだ。
すると白蓮はまっさらな笑顔のまま、フランに頭突きをかます。
鼻がつぶれ、粘性の高い血が噴き出した。


「おごぅ!!」
「口の利き方が悪いですよ。もっと上品になりなさい。大人しくしなさい。騒がしく動き回らないでください。意地汚く人のものを欲しがらないでください。人の悪口を言わないでください。塞ぎこまないでください。そんな女の子になってください」
「ふ、ふざけるなぁ!! なんで私がそんなことしなきゃいけないんだ!!」
「そうですね。今の貴方には何を言っても無駄でしょう。だから、ここに連れて来ました。ここはね。粗相をした妖怪を改心させる部屋なんですよ。だからほら、こんなに暴れても大丈夫」


白蓮はフランの首に腕を回した。
やんわりとした女らしい感触とは裏腹に、その腕にこもるのは大木すら引き裂く怪力。


「やめ……が……っ!」
「怖くない怖くない。大丈夫です。大人しくないフランちゃん。騒がしいフランちゃん。意地汚いフランちゃん。悪口を言うフランちゃん。塞ぎこんだフランちゃん。そんなフランちゃんは全部私が壊してあげますから」


ミシミシッ、とフランの頚骨が悲鳴を上げる。
人体の急所の一つである頚骨に無慈悲な力が加わっていく。
できるだけフランに痛みが残るように、白蓮は力を調節していた。


「ぐげぇ……やえ…てぇ…………。なるかりゃ……良い子になるかりゃ……ぁ」


零れ出さんほどに目を見開いたフランの口からは、血が泡となって流れ出していた。
意識を失うこともできず、痛みを逃がすこともできない。
壊れた手と足で必死に抵抗を試みるが、フランがどんなに暴れても白蓮はそのつど微妙に体勢を変えてフランの首を絞め続けた。


「――――ぁっ」


ぱきっ。
細木を踏んだような音と共にフランの首がありえない方向に傾いた。
白蓮が腕を離すと、フランは糸の切れた人形のように床に転がった。
その姿を見ながら、白蓮は仏の慈悲があるようにと祈りを捧げた。



◆   ◆   ◆



蔵の扉が開いた。
フランは前回のことがよほど記憶に残ったのか、部屋の隅で震えていた。
蔵に入ってきた白蓮は、手にお盆を持っていた。
それをフランの前に置く。
乗っているのは貧しい精進料理。
今までの食生活に合わせてか、箸ではなく木のスプーンが置かれていた。


「……食べていいの?」
「もちろん」


笑顔の肯定に、フランは立ち上がった。
ここに来て二日間、何も食べていない。
本当ならば新鮮な血が飲みたかったが、贅沢は言わない。


「わあっ! 私のだ! これは私のだよ!! 取っちゃダメだからね!!」


乱暴にスプーンを持ち、煮物へ手を伸ばした瞬間、再びフランの顔面に白蓮の拳が叩き込まれた。


「ぎ…ぐ……っ」
「食事中は静かに」


ぶるぶると震える手で傷ついた顔を押さえながら、フランは立ち上がる。
白蓮はさあこっちにおいでと手招きするように、笑顔でフランを待ち続けている。


「……………」


今度は恐る恐ると言った感じで、お盆に手を伸ばした。
瞬間、吹き飛ばされた。
腹を殴られ、右の肋骨が三本ほど折れた。
折れた肋骨が肺を傷つけたのか、口から血があふれて来た。


「な、なんでぇ!?」
「どうすればいいか自分で考えなさい。貴方のお姉さんがちゃんと教えてくれたはずですよ」


疑問は一刀両断に切り裂かれた。
しばらくの間、フランは顔を真っ赤にして考え込んだ。
ときおり腹の虫が聞こえることから、本当にハラペコなのだろう。


「い、いだだきます……」


どうすればいいか必死に考えた結果、フランが辿りついたのはこの言葉だった。
以前、レミリアから食事の前にはそう言うよう言われていたのを思い出したのだ。
もっとも、フランは一度だってその言いつけ守ったことはなかったが。


白蓮はやはり笑顔。
正解か、間違いかわからずフランは震える手で器に手を伸ばす。
拳は飛んでこなかった。


「やった!」


器に笑顔を突っ込み、ぼろぼろと煮物を零すフラン。
その木の器ごと、フランの顔面は白蓮の拳に潰された。


「行儀が悪い」
「ひ……ぐ……っ。い、いただきます」


割れた木片を片目に突っ込みながら、フランは黙々と料理を口に運ぶ。
動きを一つするたびに白蓮の様子をうかがい、細心の注意を図りながら食事を続ける。
白蓮の拳には予備動作というものがない。ゆえにいつ襲ってくるかという恐怖はフランの中で威力以上に大きくなっていた。


とても食べている気にはなれず、フランはどうして自分はこんな目にあっているのだと不満をつぶやいた。
その瞬間、米粒が横に流れるほどの衝撃で吹き飛ばされた。


もう殴られるのはいやとスプーンを投げ捨てると、白蓮はフランの背骨にヒビが入るまで背中を蹴り続けた。


「こ、これはどうやって食べるんですか?」
「これは納豆と言って、よくかき混ぜて粘り気を出してから食べるんですよ」


懇切丁寧に納豆の食べ方を教える白蓮。
言われるまま、フランはスプーンで納豆をかき混ぜた。


「うえ……気持ち悪る……」


水平チョップでフランは壁とキスをした。


「好き嫌いはダメですよ」
「…………かは…っ」


血だらけの口でフランは食事を続けた。
食事第一回目が終る頃にはフランの全身の骨が砕かれていた。



◆   ◆   ◆



フランが蔵に来てから七日目。
白蓮が蔵に入ってきたとき、その手には悪臭のする下着が握られていた。
真っ赤に染まっているのは血尿のせいだろう。
フランは顔を青ざめさせて、部屋の隅に置かれた木箱を見る。


『用を足すときはその木箱の中にしなさい』


事前に白蓮はフランにそう言い聞かせていた。
だが、フランの中の自尊心は粗末な木箱で用を足すことを拒んだ。
小までならまだしも大など、そんなところでできるはずがなかった。


その結果、フランは下着の中におもらしをしてしまったのだ。それを隠すため、フランは窓から下着を投げ捨てた。
ひどくずさんで、思慮の浅い隠蔽工作だった。
白蓮は張り付いたような笑みを浮かべながらフランに迫る。


「や、やだぁ……っ!!」
「私、少しだけ悲しいです。木箱に用を足さなかった。それはまだいいんです。でも、それを隠した。私を騙そうとした。それが本当に悲しい」


悲壮に顔を染め、狭い蔵の中を走り回るフラン。
もはや白蓮に逆らうという考えは無く、ただ訪れる痛みから逃げ回る。
すぐに白蓮は追いついた。
そしてフランの髪を掴み、乱暴に引きずっていく。


「痛っ! やめてぇ……」


弱々しくフランは拒絶の声を上げる。
白蓮はフランの髪が千切れるのも気にせず、木箱の元まで運んだ。
木箱の中には茶色に染まったフランの下着。湯気こそ立っていないが、出してさほど経っていないそれは鼻の曲がりそうな悪臭を放つ。


「ぶえっ……ぶあ……っ!!」


そこにフランは顔を突っ込まされた。
白蓮はフランの金髪を踏みつけながら、もがく両腕を後ろに回した。
そのまま力任せに腕を引き千切る。


「ふぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」


ぶちぶちと筋肉が切断されるのを感じ、フランは糞尿が口に入るのも忘れ、絶叫した。
フランの両腕は見事に奪われ、びくびくと痙攣しながら床に転がった。


「ぶぎゅる!?」


白蓮の足が強かにフランの頭部を踏む。
そのままプレス機のようにフランの頭部を押し潰していく。


「ぐびゅ……ぼぉお……っ!!」
「もうすぐ嘘つきフランちゃんは壊れます」
「ぷぎゅるぅぅぅ!?」
「嘘つきのフランちゃんは壊れて、正直者のフランちゃんになるんです」
「ぶがぁぁぁぁっ!!」
「フランちゃん。良い子なあれっ」


顔面と汚物の区別がつかなくなった頃、白蓮は思い切り足を踏み抜いた。
ぶびゅ、と下痢のような音を放ち、フランは壊れた。
木箱は砕け、汚物と肉片の混じった塊だけが残る。
白蓮はそれに南無南無と手の平を擦り合わせる。


「これでまた一つフランちゃんが良い子になりました」


仏の笑顔で白蓮は蔵の掃除を始めた。



◆   ◆   ◆



白蓮の元で生活するようになって一ヶ月が過ぎた。
その間にフランは見違えるような“良い子”になっていた。




「フランちゃん。ご飯ですよ」
「いつもありがとうございます白蓮様!! いただきます!」


「おいしい? フランちゃん」
「おいしいです! 白蓮様!!」


「綺麗に食べましたね。米粒一つ残してない」
「ごちそうさまでした! 白蓮様!!」


「ちゃんとうんちできましたね。偉いですよフランちゃん」
「はい! フランは一人でもちゃんとおトイレできます!」




張り付いたような笑みを浮かべながら、フランは元気良く白蓮に答える。
どんな仕打ちにも口答えをしなくなり、白蓮の言う事はなんでも笑顔をやった。
上品で、大人しくて、騒がしく動き回らないで、意地汚くなくて、人の悪口を言わないで、塞ぎこまないで、そんな女の子にフランはなった。


だがそうすればするほど、フランの中で何かが壊れていった。
いや、壊されていった。
白蓮は一つずつ“悪い子”のフランを壊していった。


フランは白蓮の望む“良い子”になり続ける。
そうしないと今居る自分を全て壊されてしまいそうだから。
だから、心の奥で叫ぶ自分を壊し続けた。





「あ……」





ふと気付く。
今の自分は自由だ。ご飯を食べ、両手も自在に動く。
そして、白蓮は後ろを向き、木箱を片付けていた。
もし、明日だったら諦めていたと思う。
もし、昨日だったら怖がっていたと思う。
制止する“良い子”の自分を押しのけて、“悪い子”の自分が叫んだ。


「死ね!! 聖白蓮!!」


右手に“目”を移動させた。
白蓮がこちらを振り向いた。
フランが初めて見る驚きの顔だった。


「ぎゅっとして、ドッカ―――ン!!」


力を行使する。この一ヶ月の全てを集めたような一撃。
白蓮が爆ぜた。
黒い布切れを散らして、肉片と血反吐をぶち撒いた。
木の器に飛び込む金色の毛を見ながら、フランはぶるぶると身を震わせる。


「――った。やった! やったやった!! 死んだ! 死んだ! 死んだ! あはあははははははっ!! ばばあ死んだ! ざまあみろ―――――っ!!」 


狂ったように笑い、フランはわずかに残った白蓮の残骸を踏みつける。
魔法の強化を受けていないそれはいとも簡単に潰れていき、ドロのような感触をフランに返す。
息を荒げ、肉片が床の染みになるまでフランは白蓮を踏みつけ続けた。


「これいい! すごくいい! ずっとイっちゃってるみたい! 血を吸うよりも! 壊すよりも! あぎゃぎゃぎゃぎゃががが!!」


ひとしきり笑いを重ねた後、今度は強い脱力感に襲われた。
だが、すぐに新しい渇望が湧いてくる。
原初の衝動。破壊欲が。


「――――さあて、どうしようかな? そうだ! この馬糞みたいな匂いのするとこに住んでる奴全員壊しちゃおう! 私にこんなことしたんだもん、当然だよね!! 壊して、刻んで、吊るして、燃やして、溶かして、吸って、並べちゃおう!!」


これは名案だとばかりにフランは凶暴な笑みを浮かべる。
そして、一ヶ月ロクに洗いもしていない身体を眺めた。
この身体に染み付いた匂いを血で洗い流す。それはとても素晴らしいことに思える。


「じゃあ、行こうかな。最初の獲物は誰だ? そうだ。こいつの髪の毛でも持って行こう。きっと驚くぞ!! キャハッ!!」





「あらあら。皆を傷つけるのですか。それは困りましたね」





ピタリとフランの動きが止まる。
笑みは困惑へと変わり、困惑は恐怖へと変わっていく。
かちかちかちかち。
フランの牙が知らずうちに鳴っていた。


「なん……で?」
「貴方の力は壊すこと。それは死と同意義ではありません」


蔵全体から響く白蓮の声。
辺りを見回すが姿は見えない。


「やっと姿を見せてくれましたね。“一番悪い”フランちゃん」
「う…ああ……」
「貴方は卑怯者。ずっと隠れて私を狙っていた」
「ちが……そんなつもりじゃ……」
「貴方を壊さないとフランちゃんはいつまで経っても良い子にはなれない。だから、私はわざと隙を作ったんですよ。貴方が顔を出してくれると思って、ね」


床をぶち抜き白蓮の腕がフランの足を掴んだ。


「ひ――――っ!!」
「これで最後。最後の一人。さあフランちゃん。良い子になりましょう」
「――――やめ! 私良い子だよ! 良い子だから!!」
「そうですね。これが終ればフランちゃんは良い子です」
「――――い、ぎゃああああああああああああああああああああああああああああっ!!」


この日、遂に悪いフランは完全に壊され、良い子のフランだけが残った。



◆   ◆   ◆



「お久しぶりです。お姉さま」
「フラン!? ねえ、本当に貴方フランなの!?」
「ええ、そうですが。どうかしましたかお姉さま」


目を丸くするレミリアを見つめながら、フランは柔和に笑んだ。
柔らかい物腰、丁寧な受け答え、上品な仕草。
それはレミリアが思い描いていた妹の姿そのものだった。
レミリアの隣りに立つ咲夜と美鈴も驚きで口を開けている。


「妹様。ご立派になって」
「咲夜。今まで迷惑をかけたわ。でもこれからは大丈夫。私お姉さまみたいな立派な主人目指して頑張るわ」
「うぅ! あの妹様がこんな志をもってくれるなんて、咲夜は嬉しさで前が見えません!」


ボロボロと涙を零す咲夜に、フランはハンカチを差し出した。
そのことで、さらに咲夜は涙を滝のように流し始めた。


「美鈴。あの件はごめんなさい。もう腕は大丈夫?」
「はい。フランドール様! この通りもう元気いっぱいです!」
「あの頃の私はどうかしていたわ。もう二度としない。誓うわ」


腕をぶんぶん振り回す美鈴にフランは小指を差し出した。
指きりをして、フランは二度と暴れないと誓った。


「本当に、よくあのフランをここまで素直にしたわね。どんな魔法を使ったのよ?」


ほほの緩んだレミリアの言葉に白蓮は微笑みで返した。
約一ヶ月前、フランは美鈴の左腕を吹き飛ばし、紅魔館の地下を半壊させていた。
理由は「カードゲームで負けそうになったから」。
何とかレミリアがフランを止めたものの、美鈴は永遠亭に入院。危うく命を落とすところだった。


この件を受けて、とうとうレミリアもさじを投げた。
もはや永遠に閉じ込めておくしかないと思っていた。
そこに声をかけたのが白蓮だった。


「魔法だなんて。レミリアさん。大切なことは愛です。ただ甘やかし、言うなりになって、問題が起きたら知らん顔。それは愛ではありません。そんなのは教育者の怠慢です。私はただ悪いことは悪いと教えていっただけです。そうすれば、自ずと“良い子”になってくれましたよ」
「愛、ね。確かに私にはそれが欠けていたかもしれない。良い勉強になったわ。感謝するわよ」


レミリアは微笑み、一瞬の躊躇の後、フランの手を取った。
フランはそれ満面の笑みで受け取った。
吸血鬼の姉妹は二人手を繋ぎながら、夜闇の中を帰っていった。










「行きましたね」
「ええ。また迷える者に救いの手を差し伸べることができました」


微笑を浮かべる白蓮の元に虎柄の服を着た少女がやって来た。
寅丸星。毘沙門天に帰依する妖怪であり、命蓮寺の一員だ。


「しかし、良かったんですか?」
「大丈夫。ちょっとでも悪い子になったらすぐに連れ戻すとフランちゃんには伝えてありますから」
「いえ、そういうことではなくて……。こう言ってはなんですけど、私にはあの子が不憫ですよ。そりゃ今まで悪いことしてきたかもしれませんけど、あんな風じゃ可哀想です。そりゃ世間から見たら“良い子”なのかもしれませんけど」
「そうでしょうね。今のフランちゃんは周りにとって都合の良い子です。生きる為に他全てを捨てたのです。フランちゃんの大事な部分は全部壊しちゃいましたから」


事も無げに言う白蓮に星は目を見開いて驚いた。


「ちょ!? 聖はフランちゃんを救うために預かったんじゃないんですか!?」
「あれ? そんなこと言いましたっけ?」
「え? あえ?」
「私が救ったのは紅魔館の人達ですよ。フランちゃん一人に紅魔館の人達。それに幻想郷の皆さん。ほら。両手に乗せてみれば、どっちが救われるべきなのかは一目瞭然じゃないですか」
「……そりゃ、そうですけど」
「まあ、レミリアさんにも落ち度はあるんです。あまりにも理想を追い求めすぎています。姿かたち、種族、そして血縁。そう言ったものが似ているからといって全く同じなはずないじゃないですか。妹に同じモノを求めるのは酷と言うもの。とはいえ、もはや意味の無い事ですけど」


白蓮の言葉に圧倒され、すっかり星は黙りこくってしまった。
星はときおり思う。
聖には心がないのでは無いのかと。


「だいたいですね……」


一度そこで白蓮は言葉を切った。
星が振り向くと、そこには極寒の地獄が広がっていた。
それが笑みであると気付くのに、どれだけかかっただろうか。


「一度壊れた子を元に戻せる訳無いじゃないですか。覆水盆に返らず。世は常に諸行無常ですよ」





きっと、フランは生涯白蓮の影に怯えながら生きるだろう。
表面では笑い、姉と幸せな生活を演じながら。










――――永遠に良い子のまま。


管理人:ウナル
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