ぶらっくまんた

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『リザーブド新道寺 試し読み』


 

熱い全国大会の夏が終わっても、夏の日差しは衰える様子を見せない。連日三十度を超える九州の夏に、白水哩と鶴田姫子は汗を浮き立たせながら道を行く。
「んー、ネットで調べておけばよかでしたね」
「そうやね。思ったより入り組んどっと」
電柱に掲げられた住所と地図を見比べ、哩はふぅと息をつく。
『ココの雀荘に居るから、良かったら来てね』
昨日、野依プロからそんな連絡を受けた。
プロ雀士である野依理沙は新道寺の卒業生、つまり二人のOGに当たる人物だ。インターハイも終わり、今は北九州へと戻ってきているらしい。
「江崎先輩たちも来られればよかでしたのにね」
「まあ実家の用事じゃ仕方なか。野依さんもはよ連絡しとっとくれば良かに」
「あの人、突飛とですよね」
頬を膨らませた顔を思い出し、姫子は笑う。それにつられ、哩も頬を綻ばせた。
「メール打つ時も、あん顔なんやろうか」
「頬ば膨らませて携帯握り締める姿が想像できますね」
「そうやね。あ、姫子、喉乾かん?」
自販機を前に哩は足を止める。爽やかな自販機の壁紙はいかにも爽快な甘さを煽ってくる。
「あ、部長」
「よかと。奢らせて」
財布を出そうとした姫子を制して、哩は五百円硬貨を自販機に投入した。ジュースのボタンにパッと明かりが灯る。
「んー。たまにはメロンにしよかな」
姫子が良く飲んでいるメロンソーダがここにも置いてあった。哩にとっては少々甘すぎる味だが、この炎天下の下ならちょうどいいかもしれない。
「姫子は?」
「じゃあ、こっちで」
姫子が指差したのは青いパッケージのスポーツドリンクだ。今夏のイメージキャラクターなのかプロ雀士の写真がパッケージに使われている。
「よかと? いつもはメロンやろ?」
「部長の飲ませて貰いますから」
「じゃ、私も貰うな」
「はい!」
哩はメロンソーダとスポーツドリンクのボタンを押し、姫子と交換しながらそれを飲んだ。不思議といつもよりも甘酸っぱく感じる。
ボトルのジュースが半分になった頃、ようやく目当ての番地に行きついた。地図を上に下に回しながら哩は首をひねる。
「この辺りのはずっちゃけど」
「あ、あれじゃなかとですか?」
姫子が指差した先には、薄暗い路地が続いていた。
途中にはミニバンが一番停まっており、その先には『雀荘』の看板をかけた小さなビルが見える。
「あ、そやね。一本間違とったね」
メモで名前を確かめ、哩は頷く。
「じゃあ、行きますか――あっ」
路地へと入ろうとした時、角に置かれていたゴミ箱が倒れた。青いポリバケツの蓋は外れ、紙屑などを路上に広げる。
「あー、引っかけたつもりはなかとですけど」
「まあ、拾わんとな」
しゃがみ込みゴミに手を伸ばす。怪訝そうなスーツ男性の視線が痛い。全てを元に戻し、立ち上がる。周囲には誰も居なかった。
「破れてなかとね?」
「はい。大丈夫とです」
スカートに傷がないことを確認し、姫子も立ち上がる。
「じゃ、行こう」
「はい。部長」
早足に二人は路地へと入った。
靴裏に張り付くような道路に哩は顔をしかめ、そこいらにゴキブリでも走っていないかと見渡す。
「あ、部長。あれ、野依さんじゃなかとですかね?」
姫子の声に顔を上げる。ビルの二階の窓には頬を膨らませながら打牌する女性の姿が見えた。
「あ、そやね」
ようやく哩はほっと胸を撫で下ろし、地図をカバンの中へとしまった。
「申し訳なかとです部長。付きあわせてしまって」
「うん?」
顔を伏せる姫子。沈み込む視線に哩は心情を察する。
「インターハイ、不甲斐なかとです。私がもう少し頑張れとったらみんなと……」
「何言うとっとか。そんなら部長である私の責任や」
「ばってん!」
「姫子」
足を止め、姫子の肩を哩は掴む。長いマツゲを瞬かせ、姫子も哩を見つめる。
「あんたはまだ二年。来年がある。次がある。今の姫子の使命は来年の夏、新道寺を優勝させること。違うと?」
「でも、部長は……もう最後の夏で」
「そやね。だから、次はプロばい」
雀荘を見上げ、そこに座る目指すべき背中を見る。
「北九州最強。新道寺部長。本物のエース。そんな肩書きが通じん世界。私はそこに行く。行って自分の力を試したい」
「……部長」
背後で車の停止音。
「残せるものは新道寺に残したい。悔いはないように。だから姫子、あんたも頑張りんしゃい」
「はい!」
「頼りにしとるよ、新部長」
世辞ではなく本心から言い、哩は姫子から身体を離す。その背中に姫子もついて来る。
いつかまた、姫子とチームを組みたいと哩は思う。
今度はプロの世界で。
「――なあ姫子」
言葉にしようとしたその瞬間、背中から襲われた。
特大のカエルが張り付いてきたのかと思った。
慌てて姫子の方を向くと、大柄の男に口を押えられた彼女もまたこちらを見ていた。
「ひめっ!」
言葉は紡げなかった。気付いた時には、濡れた丸太のような腕で抱き抱えられ、口は布で塞がれた。さらに前方の路地にも車が止まり、外からの目隠しとなる。
「んんっ!」
布ずれの音と共に姫子のくぐもった悲鳴が耳に届く。サングラスをかけた男もう一人駆け寄り、哩の両足を掴み上げる。びっくりするほど手慣れた動きだった。あらん限りの力で足を振るが、男たちの腕はびくともしない。
身体が持ち上げられる。
空は馬鹿みたいに青く、雀荘では変わらず麻雀が続けられている。
(野依さん―――――っ!!)
いつの間にかミニバンのドアが開いており、その中へと二人は担ぎ込まれた。
車は何事もなく発車する。
後には蓋の開いたペットボトルが転がるだけだった。

 

身体の痺れに哩は目を覚ます。
どれくらい時間が経ったのだろうか、ずっと同じ姿勢でいたためか手足がじんじんと痺れている。その痺れも治まらない内に哩ははっと身体を起こした。
「姫子っ!?」
息を飲み、隣で眠る姫子の服装を確認する。ネクタイは曲がり、スカートが少々ずりさがり、カーディガンに多少のほつれができていた。少し迷ったが哩は姫子のスカートの中に手を入れる。
汗。哩はその湿り気をそう判断する。
音を立てず、哩は胸を撫で下ろす。同時に姫子の腕にかかる手錠に心臓が痛んだ。
「ここは……」
八畳程度の個室だった。床も壁も打ちっぱなしのコンクリートで窓は一つも存在しない。中には二人が寝かされていた敷布団が一つっきり。他にあるのはエアコンと思われる吹き出し口と倉庫にでも使うような分厚い金属の扉だけだ。
二人の腕には手錠。修学旅行先で見た玩具の手錠よりずっと重い。鍵穴や鎖部分には細かな傷が付いるのが妙に生々しく感じた。
「あん時……」
男たちに車に連れ込まれ、喉スプレーのようなものを口の中に入れられた。苦い味が広がったと思うと、記憶が一気に飛んでいる。
(初めから自分たちは狙われていた? でも、なして?) 扉の外に足音がした。隠れる場所もない。
哩は布団に座り、できるだけ姫子へと身を寄せる。ちょうど姫子も目を覚ましたようで、うっすらと目を開けて身を起こそうとしていた。
「部長……?」
「大丈夫。落ち着いて」
哩の言葉に姫子は静かに頷き、身を寄せる。油の足りない音を立てて扉が開き、三名の男たちがどかどかと入ってくる。
「……………」
三人はホクロ一つも見逃さないとでも言うように、じっくりと二人の身体を観察してきた。やがて中央に立っていた男が近づいてくる。
「新道寺女子の白水哩と鶴田姫子だな?」
歯に詰まるようなねちっこい声だった。
二人は頷くでもなく、否定するでもなく沈黙を通すと決めた。しばしの睨めっこ。男の眼力に哩は目を張る。
きしっ。男が笑ったかと思うと、突如として姫子の鼻先が舌で舐められた。
「ぃひ!」
一発だった。
意地など簡単に吹き飛び、姫子は顔を引き攣らせたまま腰から布団に倒れ込んだ。げらげらと下品な笑い声が上がる。部屋に入り、初めて人間的な反応を見せた男たちだったが、それさえも台本に書かれた演技のように思えてしまい、哩の中の不安はどんどん大きくなった。
背後に控えていた男たちが動く。腕を抱えられ、無理矢理に立たされる。腕の痛みに抗議の声を上げる間もなく、二人は扉の外へと連れ出される。
「くっ」
まずい、と哩は思う。
この先どこに連れて行かれるかはわからないが、このままではもう戻れなくなると根拠はなく確信する。
動くとしたら今しかない。しかし脇に腕を通されがっちりと掴まれている。ラス親、テンパイ、しかし安パイなし。そんな心境で哩は周囲に視線だけを這わせる。
工場か安マンション。哩はこの場所をそう捉える。
コンクリート剥き出しの廊下にはポツポツとソファーが置かれている。壁には配電盤と思しきクリーム色の箱が一つ。天上の蛍光灯はラピットスタート式の直管。そして前方に曲がり角、ペンキで塗り潰された真っ赤な壁があり、その下には
「おい」
突然、しゃがみ込んだ哩に男が声を上げる。
「立て」
「ま、待ってくれんね。ト、トイレに」
その言葉に男たちは顔を見合わせた。
「……構うことねえ。ここでしろよ」
まさかそんな答えが来るとは思ってみなかった。だが目論み通り、男の力がだいぶ緩んでいる。好色な視線で哩の下半身を注視し、姫子への意識も薄れている。
「っ!」
それに応えるように姫子が男の腕に噛み付いた。哩は全力を持って男の顎に頭突きをかます。
「ぎっ!?」
頭が痛い。だが男の方がもっと効いたのは間違いなく、腕の力が緩む。哩は駆け出す。そして壁に置いてあった消火器へと駆け寄った。
「わああああああああああああああああああああっ!」
消火剤を振りまいた廊下は真っ白に染まり、咳とガラガラの声が二人を探す。哩と姫子は廊下を走る。目指すは廊下の先、ご丁寧に郵便ポストがある扉だ。
「姫子!」
「部長!」
声を掛け合い、背後から迫る声から逃げる。そしてぶつかるように扉に張り付き、シリンダーの鍵を開け二人は外へと飛び出した。
「ぇ――」
哩が見たのは、遠のいて行く姫子の姿だった。
すぐにそれが勘違いだとわかった。開け放たれた扉から遠のいているのは哩の方だった。それを理解した瞬間、脳を焼き切るような痛みが腹部に走った。
「いぎぃっっぅぅぅ!」
「部長!」
姫子の声が遠い。腹部で炎が焚かれているようだった。
今まで経験したことの無い痛み。それが腹の中で爆発している。姫子の声も手も振り払い、哩は床の上を転げ回る。ようやく痛みに身体が慣れてきた頃、哩はイモムシのように小さく身体を丸めていた。
「逃がしてんじゃねえぞクソ共」
「すみません! カノウの兄貴!」
涙で滲む視界で哩が見たのはサングラスとスキンヘッドの大男とその前で頭を垂れて命乞いをする男共だった。あれほど大きく底知れなかった男たちが、まるでネズミのように縮こまっている。
「部屋に連れてけ」
「いや、やああああああああっ!!」
男たちが髪を掴む。ぷちぷちと頭皮が裂ける感触に二人は悲鳴を上げる。扉が閉まる。蛍光灯に照らされる廊下を引きずられ、二人は奥の部屋へと連れ込まれた。


 

 異臭がした。
それは哩が今まで嗅いだことも無い匂いだった。
二人が連れ込まれたのは広い部屋だった。団体相手の宴会でも十分に開くことができるほどのスペース。床はビニル製で、部屋の端には排水口が設けられている。天井の照明は熱いほど強く、周囲には無数のカメラ。奥の壁には黒いマットが三枚も立てかけられており、その横には用途も知れない道具が散乱し、部屋の中央には雀卓があった。
「座れ」
ソファーが部屋に運び込まれ、スキンヘッドの男がそこにどかりと腰掛ける。哩と姫子は男の前に座らせられると、今度は足にも枷を付けられた。そして、男たちに何か冷たい物を首に当てられる。
「俺の名前はカノウ。お前たちの主人となる男だ。俺を呼ぶ時は主人様と呼べ。それ以外には認めない。わかったな。さあ、言え。俺は誰だ?」
言うはずがない。哩と姫子は沈黙でもって応える。
それを受け、カノウが二人の背後に目くばせする。
カチッ。百円ライターのような音がした。
「――っ! ひぎいいいいいいいいいいいいっ!」
「――っ! ぐひいいいいいいいいいいいいっ!」
我慢するとかしないとかいう話ではなかった。全身の神経を引き抜かれたような激痛に、二人はあっという間に悶絶する。
「電気ってのは便利だよなあ」
まるで他人事のようにカノウが言う。
「神経を直接刺激するから我慢も慣れもできやしねえ。躾のなってねえ犬を扱うならコイツが一番だ。電流を絞りし、流す時間が調節すりゃあ痕も残らないしな。見た目をそのまま残して調教するにゃあ良い道具だ」
「が……っ! かは……っ!」
唇がうまく動かない。閉じられなくなった口からは涎が垂れ、ビニルの床に白い滝を作る。
「俺は誰だ?」
質問される。
答えなければならない。そう思うのに、口がまだ思う


ように動かない。
背後で死神の足音を聞いた。
カチッ。
「あぎゃあああああああああっ!」
「あははうわあああああああっ!」
痛みは一秒にも満たない一瞬だ。だからこそ狂うこともできない。
「俺は誰だ?」
「い、い、いあああああああああああっ!」
哩の身体が魚のように跳ねる。
じゃりじゃりと手錠を鳴らし苦痛を和らげようとするも、そこにさらに電撃が加えられる。
「俺は誰だ?」
「俺は誰だ?」
「俺は誰だ?」
繰り返される問いかけと電撃。
ようやくそれから解放された時、二人の下には黄色い水溜りが広がっていた。
「……ぁ……は………あぃ…………」
目、鼻、口。見開かれた穴から体液を垂れ流し、哩と姫子は潰された虫のように震えている。
「ひっ!」
ソファーの軋み一つに身を震わせ、二人は眼球が飛び出さんばかりに目を見張る。
カノウが立ち上がった。
それだけで哩は子犬のような声を上げる。
「俺は誰だ?」
今まで知りもしなかった人間の『雄』という存在。
途轍もなかった。哩の中にあった反抗の意志などあっという間に砕けてしまった。それでも哩は最後の最後で踏みとどまっていた。
言葉は力だ。もし自らの口でそれを言ってしまえば、それが真実になってしまう。
唇を噛み震えを押し殺して、哩はカノウを睨む。
周囲からわずかなざわめきが起きた。
「ほう。まだそんな顔ができるたなあ。大したタマだよ。普通はもう心を折られているもんだが」
「ぐっ!」
カノウは哩の髪を掴み上げる。そしてその顔に吹きかけるように鼻を鳴らした。


「その根性に免じてチャンスをやる」
「……え?」
まだ痛む身体を引き起こされ、雀卓へと連れられる。
ごく普通の全自動タイプの麻雀卓だ。その椅子へと二人は座らせられた。対面にはカノウともう一人男が座る。
「お前たちはインターハイまで行った腕利きなんだろう? その土俵で戦ってやるよ」
胸元からタバコを取り出しカノウは火を点ける。
馬鹿みたいに分厚い胸板が上下すると、タバコ半分近く燃え尽きた。
「半荘二回の勝負。もしお前たちの二人のうち、どちらでも良い、一回でもトップを取れば解放してやる」
手錠が外される。久々に戻った手足の感覚に少しだけ安心してしまう。だが、すぐに哩は自分の心を改めた。これだけ暴力に訴えてきた相手がこんな都合の良い話を持ち出すはずがないのだ。
「……なんばさせるつもり?」
「はっ!」
嬉しそうにカノウは頬を歪め、部下に一抱えある箱を持ってこさせる。
「麻雀風俗ってのを知っているか?」
知っているはずがない。
「麻雀をする女ってのは裏でも人気があってな、特にお前たちみたいな学生雀士は高値がつく。これはそこでやってる麻雀だ。通常とは違い、特別ルールがある」
「特別……ルール?」
「もし女が失点をしたらここからカードを引く」
カノウは箱の上に開けている穴に手を突っ込み、中から一枚のカードを引いて見せる。ラメ加工でもされているのかそのカードの背面はやたらに煌びやかだった。
「そして、カードに書いてあることには絶対に従って貰う。拒否権はねえ」
にやにやと周囲の男が笑う。その反応を見るまでもなくロクでもない内容なのは間違いない。
「直撃を受けた場合、その時はちょいと違う。せっかく直撃を取ったんだ、より過激なコトをさせたいだろ? だから専用の箱を用意してある」
男がもう一つ、箱を持って来る。先ほどの箱より一回り小さいが、よりケバケバしい色合いの装飾から《いかにも》な雰囲気を感じさせる箱だ。
「これがなかなか好評でな、じわじわと責める奴も居れば、好みの女を直撃し続ける奴もいる。あるいは全員を一気に飛ばしたりな。女にケツを舐めさせる前の余興にはちょうどいいのさ。先に言っておくが、打牌は三十秒以内だ。それを越えたら問答無用で脱落だ」
三十秒。麻雀の持ち時間としては長すぎるくらいだ。
「……部長」
不安げに姫子がこちらを伺う。
当然、臭いのは哩も感じている。こんな勝負を正々堂々挑むなら最初から拉致などしてないはずだ。ならばカノウたちの目的は一つ、新道寺女子麻雀部というプライドを完膚なきまでに破壊し辱める事。
(上等と!)
麻雀という舞台に立ち、哩の反骨心は勢いを取り戻していた。暴力では勝てない。だが麻雀ならばこんな連中に負けるはずがない。
(姫子と、みんなと築いてきよったこの数年間! こぎゃん奴らに負けはせん!)
憔悴した表情に力が戻る。それに呼応し、姫子もまた顔を引き締める。
「良い顔だ。さあて始めるか」
「……約束は」
「守るさ。お前らが勝てればな」
雀卓のスイッチが入る。牌が投入され、再び台に並べられる。
「さあて、んじゃいくとするか。親はお前でいいぜ」
姫子を指さし、カノウは両手を鳴らす。
「姫子」
「だ、大丈夫です。勝って、勝って帰りましょ部長!」
「――ああ!」
哩と姫子の運命を決める闘牌が始まった。

(……ここまでは順調)
一局目、手なりに進めるうちに哩はテンパイした。
役はピンフドラ1。安手だ。
(普通ならこっからタンヤオも目指す。ばってん、トップば取ればよかなら速力を活かして和了もあり、か。得点は少なくても逃げ切れば――)
突然、腹の中で石が転がる。
言いようのない不安。何かを見落としている。だがその正体が掴めない。一体何を、
「三十秒経つぜ?」
「……う」
急かされ、哩はタンヤオへと手を進めた。
牌に顔を向けながら視線だけをカノウと男へと向ける
正直、腕は大したものではないと感じていた。
カノウはまだ油断ならないと思うが、もう一人の男は捨て牌から手が透けて見えるほど単純な打牌をしている。インターハイの怪物たちを相手にしてきた哩と姫子なら十中八九勝てる相手だ。
しかし、どうしても不安がぬぐえない。
(相手は強いわけじゃなか。ばってんこの麻雀は普通とは違う。なにか――)
「ツモ!」
思案の海に居た哩の耳に、姫子の声が届く。
見れば姫子が手を公開していた。
「ほお。安手で逃げ切りか。ま、親だしな」
素直に感心したようにカノウが言う。姫子はほっと胸を撫で下ろしていた。しかし、周囲の男たちの笑みが深くなったのを哩は見逃さなかった。
(……っ! しまっ!)
気づいた時にはもう遅い。カノウの傍に箱を持った男が歩み寄っていた。
慌てて姫子が立ち上がる。
「ちょっ、なして!?」
「ルール違反はしていない。カードを引くのは失点した時、だ。これには当然ツモ和了も含まれる」
はっ、と気づき姫子が眉を寄せて哩を見る。
「す、すみません部長!」
「……よかよ姫子。親での連荘。これは良い流れと」
言いながらも哩の視線はカノウと箱に釘付けだ。全くの前情報なしの罰ゲーム。一体どんなことをやらされるのか……。
「引くぜ」
野太い腕が箱に突っ込まれる。がさがさと探る音は哩の反応を楽しんでいるように長く続けられた。
やがて一枚のカードが箱から取り出された。その文面を見てカノウはくくくっとわざとらしく笑う。
「ほらよ」
哩へとカードが投げて寄こされる。
周囲の淀んだ空気に似つかわしくないポップなイラストと共に書かれていたのは『穴あけ』という文字。
「つーわけだ。おいお前ら!」
「へい!」
哩の身体が持ち上げられ、有無を言わさず床に伏せさせられる。
「な、なにすっと!?」
「決まってるだろ? この可愛い制服に穴を開けるのさ。お前の恥ずかしい部分が良く見えるようになあ!」
「なっ!」
抗議の声を上げようとする哩の額に、黒い棒が突き付けられる。実際に見るのはこれが初めてだ。だが肌に完実冷たさは間違えようがない。これこそが哩と姫子を悶絶させた電撃の正体だ。
「動くなよ。またコイツが欲しいか?」
「――ぅっ!」
動けない。身体中を走る痛みが脳裏にフラッシュバックし、哩は途端に石になった。
「よーしよし、良い子ちゃんね~」
ハサミの先が布地を切り裂き、スカートとブラウスに穴を開ける。邪魔だから、という理由で下着は奪われ、ぽっかりと開けられた円形の穴からは哩の股間と乳房が丸見えとなってしまう。
「良い格好になったな。哩。ツンとした顔に良く似合っているぜ」
「う……っ」
呼び捨てにされたことも哩の頭の中には入ってこない。十人あまりの成人男性の前で恥部を晒してしまっているという状況は、成人前の女子にはあまりにも現実から逸脱し過ぎていた。
両手で隠そうにもその穴は大きく隠しきれるものではない。むしろ隠そうと足掻く反応こそ男たちの情欲を煽ってしまう。
「続きだ。座れ」
ぐっ、と目の周りに力を込め、哩は腕を組むようにして席へと着いた。
「部長……私……私……」
「気にせんと。この程度、なんてことなか」
両手を握りしめ顔を伏せる姫子に、哩は軽く笑いかけてみせる。
「さて、姫子の連荘だな」
「う……」
姫子は点棒を置き、再び配牌が行われる。
(く……っ)
ヤマに手を伸ばすたび、好色そうな視線が集まるのがわかる。牌を揃えるにも片手では限界があり、どうしても両手を使うしかない時には哩はその乳房を露出させざるを得なかった。
「見ろよ、なかなか……」
「俺はもっと巨乳の方がいいな。原村みたいな」
「いやいやあの位の方が感度は良いもんだぜ」
外野から飛ばされる下種な感想。その言葉にどうにも哩は心乱されてしまう。
(こんな所、姫子にしか見せたことなかんに)
周囲の視線と声、姫子への申し訳なさ、それに失点のプレッシャー。それらに歯噛みしながらも哩は打牌を続ける。
(張った……けど)
混一色。ドラも絡めて満貫は確定している。
男たちを哩は睨む。
この麻雀は予想以上に絡め取られたものだった。
仲間を思えばツモ和了はできない。しかし流局してもノーテン罰符で失点すれば同じ事。
ベストなのは彼らから直撃を取り続けることだ。
稼いだ点でトップを攫い、どちらかを飛ばせばそこで半荘は終了。これ以上の恥辱は味合わずに済む。
しかしそれが成し辛いのは哩も良く知っている。麻雀には運が絡む。失点せず特定の相手から直撃を取り続けるなど神業にも等しい。
(白糸台の弘世菫なら容易いかもしれんばってん、私にはそんな芸当は)
牌をツモる。来たのは哩の和了牌だった。
(くっ!)
普段ならば当然和了するところだ。
だが、もしこの牌で和了ってしまえば姫子の点も奪ってしまう。
歯噛みし、哩はツモ牌を卓へと打つ。
姫子を犠牲にはできない以上、か細い道としても狙う


は直撃ただ一つ。
「ロン」
「……あ」
願いはあっさりと打ち破られた。
「そいつ出るとはな、お前の待ちだと思ってたぜ」
嬲るようにカノウは言う。
だがそれさえも哩は聞いていなかった。
(直撃……っ!)
カノウの捨て牌を見ればキナ臭いのは明らかだった。普段の哩ならば決して見過ごすことなどなかっただろう。
寒くも無いのにカチカチと奥歯が鳴る。
「さて、どのカードが……ほお」
投げて寄こされるカードはギロチンの刃も同じだった。
(あれ? これ、なんて読むんやったかな?)
薄い膜が張られたように意識がぼやける。哩の中からは椅子の感覚が消え、日本語が認識できなくなっていた。
「ひ……っ!」
姫子の声にわずかに意識が戻る。
いつの間にか卓の上に木製の箱が置かれていた。その中にはピンク色をした不思議な道具が重なり合っている。
精子みたいな形だ、と哩は思う。
カードに書かれていたのは『ローター』だった。
「ちょうどいい感じに露出してるな。やれ」
「やっ!?」
はっ、と気づき手足を振うも万力のような力で手足を掴まれる。哩の胸に手が伸びる。ぬめぬめとした男の指先が乳房に触れ、哩は発狂したように叫んだ。
ぴたりと電極が肌に押し付けられる。
「あぎゃあああああああああっ!?」
「抵抗すんなよ。素直にしてりゃ気持ち良くさせてやるんだからよ」
ビビッとテープを千切る音と共に哩の胸には、乳首を挟むようにそれぞれ二つのローターが固定された。
「うあ……ぅ」
まるでSF映画で見た寄生虫だった。今にもその中から怖気立つ化け物が生まれ出るのではないかと思う。
「呆けてるんじゃねえよ。次は下の口だ」
「え……? きゃあっ!?」
両足を抑えていた男が足首を持ったまま立ち上がる。哩の姿勢は盛大な股っ開きとなり、下着で隠していた


若々しい股間も丸見えとなってしまう。
「やっ、やあっ!」
「暴れんなって食いつきゃしねえよ」
「そうだぜ、食うのは俺たちの方だ」
下品なジョークを飛ばしながら、哩の股間に透明なローションを垂らす。
「ひっ!」
男の指がそれを広げる。小さ目の茂みが露で濡れ、強い照明にきらきらと輝く。
さらに、哩の目の前で一人の男が指先にローションを垂らした。ゆっくりと哩の股間へと向かう男の指に哩は裂くような声を上げる。
「うわ! うわああああああっ!」
つぷっ。
哩の秘所に男の指が侵入する。節くれだった指がごりごりと膣口を擦り、哩の中に粘液を塗り込んでいく。
「こっちがお留守だぜ」
「あっ……なっ!?」
指を濡らした男がもう一人、哩の下半身へと屈み込んでいた。舐めるようなその視線の先にあるものに、哩はぐらりと地面が揺れるのを感じる。
(う、嘘やろ? ま、まさかそっちも――!?)
ぐぼっ。
毛深い指が哩の尻へと沈み込む。
「ひぎぃ!?」
秘所とアナル、二つの穴に男の指が深く突き込まれる。
(そんな――こんなん――姫子にだって――っ!!)
ぐちゅ! ちゅ! ぐちゅ!
ローションが泡立ち卑猥な音を立てる。
哩はそれをどこか遠くの出来事のように聞いていた。
「ひ、卑怯と! こんなんカードには!」
勇気を振り絞り声を上げた姫子に、男たちが胡乱気な視線を送る。
「ああん? 濡らさずに入れちゃ痛いと思ってやってんだよ? 善意だぜ善意」
「それとも姫子ちゃんはそっちの方が好みだったか?」
「ひひひっ! 本当、姫子ちゃんはツイてるよなあ! 哩ちゃんにばっか損な役を押し付けて自分はまだ無事なんだから!」
「本当は最初からそのつもりだったんじゃねえか?」


 

「そ、そんな……私は!」
「ふぃぃん!」
二本の指が好き放題哩の中を動き回る。生理反応により股間からは愛液と腸液が漏れ出し、太ももを流れて椅子を濡らす。
「さあて、このくらいでいいかな」
ぬぽぉ……っ。
粘っこい音を立てて男たちの指が引き抜かれる。散々に踏みにじられた秘所とアナルははくはくと蠢き、まるで恋しそうに震えていた。
「これだけ濡れてりゃローターにローションはいらねえなあ」
「哩ちゃんも結構良かったんじゃないの? こんなトロトロにさせて」
「だ、誰がぁ……あひぃん!」
その反抗の口を塞ぐように、ピンクローターが哩の中に押し込まれる。膣に二つ、アナルに二つ。さらにクリトリスを挟み二つのローターが装着される。
「最初は手加減してやるよ、哩ちゃん」
ローターから伸びるリモコンを哩の太ももに貼付け、男たちはそのスイッチを『弱』へと設定した。
だが合計十個に及ぶローターのフルコースだ。
振動は弱いとはいえ、哩はそれだけで息も絶え絶えであった。
「良かったな哩。一番軽いカードで」
「……え?」
思わずマヌケな声を出してしまう。哩の脳みそが理解を放棄していた。
一番軽い?
これで?
「どうした呆けた顔をして。その程度でギブアップか? まあ、俺の事を主人と認めるなら可愛がってやるぞ?」
「だ、誰がっ……ぁんっ!」
歯を食いしばり、哩は雀卓に手をつく。だがその手は誰が見ても同様に震えている。それでも哩は意地で乳房を隠し、牌を卓の中へと入れる。
「結構だ」
洗牌、そして配牌。
よろめく手で哩は牌を広げる。その間にも胸と股間のローターは癒えぬ刺激を哩へ与えてくる。最初は痛みともくすぐったさとも思えたそれが、時間と共に堪えきれないもどかしさになってゆく。
ぶるりと股を震わせながらも哩は打牌を続ける。
どこからか冷やかしの口笛が鳴った。
(私の親番……連荘で飛ばしてしまえばこれで終い……でも、も、もしまた失点したら)
カノウの言葉が岩となり哩の頭を打つ。
これで一番軽いというならば、他にはどんなことが書かれているのか、もはや哩の知識では想像もつかない。 もう一度、直撃を受けたら自分はそれに耐えられるだろうか。耐えられたとしてもその次はどうだ。さらにその次は。
ぶるりと肩が震える。
怖い。
哩の中で想像の悪鬼が我が物顔で肥大化し、男たちの一動が全て恐ろしい罠に見えてくる。
だが哩の中の冷静な部分は、未だに勝利の方法を追い求めていた。そして、ある答えに辿り着く。
コンビ打ち。
トップを取り、なおかつ半荘を速攻で終わらせる方法。
四人のうち二人は身内なのだから、一人に点数を集め、もう一人が有効牌を放流して早々に飛んでしまえばいい。
麻雀において特定の相手を直撃するのは成し難いが、仲間が有利になるよう動くのは遥かに容易い。恐らく、現状行える最も確実でスピーディな解決方法だろう。
しかし、そこに立ちはだかるものがある。言うまでもない、『特別ルール』の存在だ。
役満の直撃を受けたとしても最低一回、満貫であって現在の点数からは三回の失点が必要となる。
あの恥辱と苦痛をくぐり抜けなければならない。
その事実が哩の思考に暗い影を落とす。
「おい」
「っ!」
カノウの声に慌てて牌を切る。周りからやれやれという野次が湧いた。
「しっかりしろよ哩ちゃん。打牌時間が過ぎたら脱落だぜえ?」
「まあ哩ちゃんがそうしたいならいいけどさ!」
「ローターパーティで盛ってるんだろ! 俺たちの所に早く来たいんだとさ!」
下卑た笑い声に顔が赤く染まる。
とにかく今は集中しなければならない。こんなことではまた足をすくわれてしまう。それはわかっている。だが、考えを止められない。
もし――、飛ばすとするなら、それは
(……姫子の方が)
哩の思考に冷たい剣が入り込む。
現在の親は哩だ。もしここで姫子が差し込みをしてくれれば哩の連荘が始まる。親と子では親の得点が高くなるのはルールに明記された自明の話だ。
無論、姫子には何度かカードの洗礼を受けて貰うことになるだろう。それは仕方ない。それに、
(姫子はまだ、なんも受けていない)
哩が服に穴を開けられ、最も恥ずかしい所を蹂躙され、冷たい玩具に弄ばれているというのに、姫子は未だ何の辱めを受けていない。
余力があるとすれば姫子。それは間違いない。
ならばこの状況で、辱めを受けるべきなのは
(――ち、違とやろ!?)
自らの脳裏に浮かんだ考えを哩は意志の力でねじ切る。
哩が考えた手段。それは姫子をこの男たちに売り払うも同じことだった。本来ならば検討するまでもなく却下していた、否、考え付きさえしなかったおぞましい解決法。それを曲がりなりにも可能かどうかなどと思慮してしまった事実。その事実が哩を責めてたてる。
(私が大事なんはなんと!? 姫子に辛い思いをさせて、こいつらに辱められて、それを私は許せると!?)
許せない。
許せるわけがない。
(飛ばすならこいつら! 私は絶対に姫子を犠牲にはせんっ!)
ぐっと身体に力を入れる。だがそれは股間のローターを締め付けると同意義だった。
「んきゅぅ!?」
反射的に身体が跳ねた。気をやりかけた身体を静め、哩は涙に滲んだ眼を開く。
「和了か」
「……え?」
視界情報が脳内に届く。
姫子は牌を置いた姿勢のまま固まり、信じられないものを見るように哩を見つめている。男たちは少々驚いたような真顔。その中で、カノウだけは意地悪い鮫のように笑みながら卓上を指さしていた。
右手。
手配が倒れていた。
「白のみか。だが直撃は直撃だな」
姫子の顔が歪んでゆく。信頼を裏切られた犬の表情だ。
この時、姫子もまた哩と同じ考えに至っていた。哩を犠牲にはできない。そして自分も犠牲にはならない。倒すべき相手を倒し、ここから抜け出す。そして、哩もまた同じ考えであると信じて危険牌を打ち出した。
だというのに、
「部長……なして」
「ちが! これは!」
「姫子の方を飛ばす手か。ま、そういうのもアリだ」
哩の弁明を断ち切るようにカノウが言葉をはさむ。
「だが、身内を売るとはなあ」
「ちが、違うと! 違う!」
そこでカノウの表情に冷酷さが帯びられる。
「なら――、見せ牌か?」
サングラスの下に潜む獰猛さ。それが少し匂っただけで哩は言葉を失い、全身から汗が噴き出した。
「張りつめたギャンブルの坩堝。身を焼くような雀卓の席に座っていると、時々クソみてえな輩が出てくる。わざと牌を倒して仲間に手を知らせたり、な。そういう奴を俺は許さない」
金属みたいな音を立て、カノウは奥歯を噛み合わせる。
いつしか周囲の男たちからも笑みが消え、嵐が過ぎ去るのを待つ兎のように黙りこくっていた。
「指一本、それが掟破りの代価だ」
脅し、などであるはずもない。
拒絶を許さぬ必定。
カノウが定め、カノウが執行する絶対の法。それは必ず遂行され、哩の手から指を奪うだろう。
「答えろ。その手、見せ牌か? 和了か?」
照明の熱さもローターの責めも、そして姫子の存在さえも哩の中から遠く離れて行く。
ココロのひび割れを哩は聞いた。



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