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『幻想異郷伝〈中〉 試し読み』


 

 

 

 

 

これはもう一つの幻想郷の物語

 

 

 

 

 


 首を絞める感触を今でも覚えている。
指先に食い込む筋と血管の肌触り。脈はどんどん速くなり、彼女の顔面は赤茶けていく。
「っ……っっ!?」
両腕を掴まれた。力ずくで腕を引き剥がさんと、力を込められる。歯を食いしばり、それを押さえ込む。爪が腕に食い込もうとも、そこから黒い瘴気のようなものが出ようともひらすら目の前の者を殺そうと力を込める。
「……な、なんで……っ!」
白い泡を口の端から飛ばしながら、充血した瞳がこちらを射抜く。
「……私は、お前の為に……っ!!」
「黙れ! 黙れ黙れ黙れ!!」
声をかき消すように叫び、さらに力を込める。全身で身体を押さえ込み、首を握り潰さんばかりに指を食い込ませる。
「私は――私は!!」
やがて壊れたラジカセのように音は消えていき、力を込めすぎた指先に、ごきり、と嫌な感触が響く。
それでもまだ首を絞め続けた。今にも息を吹き返し、自分を襲うと心から信じる。明確な殺意を持っていた指は、もうただの惰性として首に食い込み、破れた皮膚から血がだらりと流れ出る。
「うあ」
呆けた声を出し、ようやく指を止めた。
鼓動は爆発しそうなほどで、勢いよく回る血液にくらくらする。心臓では内側から針で刺されているような痛みがずっと続いている。
「――神奈子様?」
あるいは、彼女が死んだことを一番信じたくなったのは他ならぬ自分だったのかもしれない。
震える両手を見下ろした。
割れた爪先に血がこびり付き、白い手首には黒い痣が残っていた。

 世界は赤で染まっていた。それも血のよう瑞々しさも無ければ、染め物のような鮮やかさもない。例えるなら、五十の年月をかけて鉄柱にまとわりついた赤さびの色とでも言うべきか。
「……鼻がもげそうだ」
袖で鼻を押えたナズーリンのつぶやきに、霊夢も小さく鼻を鳴らす。砂ホコリに混じり、異臭が鼻を走り抜ける。炎天下で三日放置した死肉を合成ゴムと一緒にスープで煮込んだならばこんな匂いになるのかもしれない。
「未来では二つの大改革がありました」
赤い大地を睥睨しながら、早苗はそう切り出した。
「一つは八坂神奈子による技術発展。彼女が叡智を結集させて生み出したエネルギー発生装置『八坂機関』は今まで人間が作り出したどんなエネルギーよりも効率的なものでした」
早苗の手の平の上に浮かび上がる青白い幻影。円柱の形をしたそれが、八坂機関なる装置なのだろう。機械の知識に乏しい霊夢でも極小の部品からなるそれは、気が遠くなるほどの理論と発想を重ねて作られたものだと理解できる。
合掌するように早苗の両手が機関を包む。瞬間、世界が暗転し、巨大な建造物が立ち並ぶ都市へと変わった。
「ここは八坂機関によって発展した街。幻想郷の一つの姿です」
「なによこの……人の数」
呆然とつぶやくアリスに、霊夢も頬を引き攣らせて共感の意を示す。そこは天を突くような塔が立ち並ぶ世界だった。山よりも高いのではないかと思う塔には無数の窓があり、その中では人々が何の感慨もない顔で生活している。
「家、なのよね? これ」
「ビルと言います。まあ五百メートルはありますね」
眉を潜めて霊夢は世界を観察する。幻想郷が持っていたかつての牧歌的な姿はどこにもなく、せわしなく動き回る無数の人々に頭痛さえ覚える。街路に植えられた草木はまったくの等間隔に配置され、街角に咲いていた小さな雑草の花はゴミ収集の職員にむしり取られた。
巨大な船が空を飛んでいる。
その側面に映し出されたスクリーン。さらに街頭の全てのモニターが瞬時に切り替わり一人の女性の姿を映しだした。
「八坂、神奈子」
戦神、八坂神奈子はモニターの中で軽く手を振って見せる。それだけで人間たちは熱に浮かされたように小躍りする。まさに世界の支配者と言わんばかりに、人々から賞賛の嵐を受ける神奈子。
それは恐らくは神奈子がずっと願っていた光景。
「もはや幻想郷は外の世界すら越えた技術を確立しました。外の世界の人々はそんな夢の世界を思い描き、自ら幻想郷へ向かおうとする程です。その内に内外を分ける結界は曖昧になり、その役目を終える」
無数に立ち並ぶ商店にそこら中から聞こえるアイドルたちの自己アピール。自動販売機にコインを入れた男が機械に礼を言われた。車輪のない鉄の馬車は空を走り、完璧に統制された速度と車間距離によって渋滞すら起こさない。
「もはや人はエネルギー問題に苦しむ必要は無く、湯水のように資源を使い、技術革新に勤しむことができました。生活は安定し人口は増え、歴史にも類を見ない発展が続きました。人口増加曲線、見てみますか?」
「なら、妖怪は!? 妖怪はどうなったのですか!?」
白蓮の問いに早苗は目を瞑り、手を叩く。
暗転。
再び暗い闇の宇宙に放り出される。この感覚にも少し慣れてきたことが、逆に不快だった。
「もう一つの改革。それは聖白蓮による妖怪の悟り境地への到達、すなわち妖怪は人間に拠らずとも自己確立できるようになったこと」
「――それは!」
声を荒げ身を乗り出す白蓮。白蓮の悲願。妖怪を救済。それが未来の自身の手で行えたということに興奮を抑えきれないようだ。
光が広がり、世界が開ける。
そこは先ほどの都会とは対照的な雰囲気を持つ街だった。のんびりと花々に水をかける少女。道を駆け回る妖精。大きな声で挨拶を返す山彦。空を行く天狗たち。
穏やかな表情の彼女らの傍には人間の姿はない。
「ああ……これが」
感極まったように声を震わす白蓮。自らが思い描いて理想の世界がそこにある。その事実に涙腺を緩ませる。
「白蓮。やったんだね」
ムラサに支えられ、白蓮は何度も頷く。それに対し、ナズーリンの表情は固い。
「これによってもはや妖怪は人を必要としなくなった。自身で自身を確立し、その超常的な力を振るうことができる。その結果、もう彼らは人を襲う必要はなくなった」
おどけるように腕を広げ、早苗は霊夢を流し見る。
「我ら巫女の退治仕事もなくなり、これにてお役御免というところまで来ました。退治屋は武器を手離し、手に職を持つことに。これにて人妖の時代は新たな地平へ」
「……………」
白蓮もアリスもムラサも、世界の未来をじっと見つめている。その瞳の中には輝かしい将来への希望がある。
確かにこの世界は素晴らしい。人間も妖怪もそれぞれの道を歩み、生を謳歌している。妖怪の恐怖に眠れぬ夜を過ごしてきた人々から見れば、まさに楽園だ。
だが、なぜだろう。
小骨のような違和感が胸に引っかかる。
これでいいのか?
何かが間違っていないか?
それとも〈これ〉が正解なのか?
「それで、どうなったんだ?」
ナズーリンが問う。その時、わずかに早苗の口が歪むのを霊夢は見た。
「ふりだしに戻る、ですよ」
「――え?」
白蓮の呆けた声の残響を残し、再び視界が暗転する。
「うっ!? ぺっ! ぺっ!」
口に入ったえぐい味に顔を歪めるアリス。
そこは薄暗い世界だった。
粘つくような黒い雨が延々と降り注ぎ、ドロドロに溶けた土地が広がっている。
「な、なによここ」
「幻想郷ですよ。ほら」
早苗が指さす先には確かに先ほど見た巨大なビル群がある。だが窓は割れ、地盤は傾き、隣のビルに寄りかかる様は先ほどまでの威厳ある出で立ちとはどうにも結びつかない。
「なに、が」
「終末という奴ですよ。キリスト教的に言うならばハルマゲドン、北欧神話的に言うならばラグナロク。シンプルにこの世の終わりと言っても構いません。ただ宗教家の言い草と違ったのは〈その後〉は無かったこと」
目を焼くような光が瞬き、霊夢たちはそちらに視線を向ける。そこにはバラバラになった妖怪を踏み越えていく人間の姿があった。
「――な」
「平和な世界の果てにあったのは、二つの種族の殺し合いでした」
それは未来世界とは思えない生臭い戦いだった。
太鼓のような音は銃声と呼ばれるもので、人間の手元で音が鳴るたびに冗談のように妖怪が倒れて行く。一方で妖怪たちも負けては居ない。強靭な身体で肉薄し、人間を引き裂いて行く。高位の妖怪なのだろう、妖術を駆使し一挙に人間を殺害していく者もいる。
散らばる死体。血と火薬の匂い。その中を行く人間と妖怪の行進。焼けた肉の匂いにアリスが思わずゲロを吐いた。
「誰もが平和な世界になると信じていたし、願っていたはずです。だけど不思議なものですね。お互いがお互いを必要としなくなった途端、人間も妖怪もその存在を許せなくなったのですよ」
重々しい金属音が響き、死体を踏みつぶしながら巨大な装甲車が現れる。その天上に備え付けられた筒のような物が一閃すると、遠くの方で火柱が上がる。
「力を手に入れた人間はもはや妖怪を恐れない」
再び筒が妖怪たちの一団へと向いた時、空から弾幕が降り注いだ。
「自身を確立した妖怪には、人間は己の身を脅かす存在に過ぎない」
上空から強襲してきた一団の背にはコウモリの羽がついていた。その先頭を駆けるのは、赤い瞳を持つ少女だ。
「レ、レミリア!?」
見知った少女は腕が紅い槍を生み出し、装甲車へと投げかける。超常の力に堪らず弾ける装甲。衝撃で焼けた装甲に妖怪たちが群がり、その隙間から侵入していく。装甲車の中から悲鳴が響く。金属網のかかっていたフロントガラスが赤い飛沫に濁る。その様子にレミリアは唇を舐め、次の獲物を求めて羽を打つ。
「レミリアだけではないな」
吐き捨てるようにナズーリンは地の果てを指さす。
黒い闇と共に異形の怪物を先導するルーミア。毒の霧を撒き散らしながら踊り狂うメディスン。遥か上空では天狗たちが風景をファインダーに収め、ミスティアの歌声が人々を狂わせる。
その中の金髪の少女を見て、アリスは口を押さえた。金髪を振り乱し、無数の人形を繰る妖怪。頬はこけ、油のこびり付いた髪は見る影もないが、間違いなくアリス・マーガトロイドであった。未来のアリスは奇声を上げながら大地を駆け、人間大の人形でもって人々を虐殺していく。その人形が生きた人間をそのまま利用していると気づいた時、アリスは叫びを上げて目を覆った。
「違う! あんなの私じゃない!」
「違いません。貴方は人の体を利用して生き人形へと変えていました。生きたまま操られる仲間たちに、人間も攻撃を躊躇していましたね。そして貴方が一番気に入っていたのはかつて自分と同じ場所、同じ時を過ごした金髪の魔女でした」
「え」
指間から自分を覗くアリス。醜悪の一言に尽きるその横顔の傍には、虚ろな目をした魔理沙の姿があった。吊られた糸に操られるまま魔理沙はアリスへと寄り添い、アリスもまたそんな魔理沙をぬめるような指先で撫でる。その指を軽く動かせば、魔理沙の肉が吊りあがり、満面の笑みが生み出される。
「貴方は人間を自由に操りたかった。貴方にとって人間とは糸に吊られる操り人形。自分に都合よく動き、絶対に逆らわない愛玩具だった」
「ぃ――――っっ!!」
「早苗。あんたは私たちに悪趣味な幻想を見せるのが目的だったの?」
声も出せないアリスに代わり霊夢が間に入る。早苗は肩を竦めると祓い棒を軽く振った。
「後は泥沼です。戦いが戦いを生み、憎しみが憎しみをいざなう。どこから始まり、何故戦っていたかも忘れるほどに人間と妖怪は殺し合います。流した血の量を競い合い、死体の上に死体を埋めて。気付いた時には全てが遅かった。無限とも思えた資源はいつの間にか底をつき、積み上げた街並みはあっさりと滅んだ。世界は自ら回復することもできないほどに傷ついてしまっていた」
暗転した世界に朝日が広がる。
何十億年と世界を照らしてきた太陽の光。しかしその光は、闇に隠すべき穢れも露わにしてしまう。
積み重なった死体。
血を吸い泥沼のようになった大地。
腐臭と硝煙の匂いは目に見えそうなほどに強く、焼け焦げた死体にはまだ火の粉が燻っている。
ああ、と理解する。
最初に感じた匂い。その正体。
あれは〈死の匂い〉だ。
人間、妖怪、自然、人工物、そしてその魂の全てが死んでいく気配だ。
人は自らに危害を及ぼすものに嫌悪の匂いを覚えるというが、それが本当ならばあの匂いはまさしくその最上級のものだったのだ。
「これでわかっていただけたでしょうか」
「……それじゃあ、あんたは」
「未来を救う方法は唯一つ。過去に戻り、過ちを犯す前に修正すること」
早苗の声はどこまでも冷たい。
「人と妖怪はわかりあってはいけない。そんなことは最初からわかっていたはずなのに」
「でも!」
白蓮の声に早苗が顔を向ける。ゆっくりとしたその動作は、まるで殺意を押し込めるようだった。
「聖白蓮」
早苗が正面を向く。その落ち窪んだ瞳に、白蓮は喉の言葉を飲み込む。
「貴方はとても良い人だと私は思っています。人のことを思いやり、救いの道を模索しようという信念とそれを実行する力があります。とても素晴らしい人です」
そこまで言って、早苗はふぅと息を吐く。
「そういう奴が世界を滅ぼすんですよ」
早苗の瞳孔が急激に細まり、白蓮の顔を見据えた。
「白蓮!」
霊夢の声に白蓮は後方へと飛びのいた。魔力が乗った身体は超人的な加速であっという間に超音速へと達する。
視界に映る早苗の姿は既に米粒のようだ。だが、それでも首筋にナイフを当てられているような感覚が拭えない。
「貴方は本来誰かを救えるような人格ではない。矮小で器量の狭い、そのくせ考えなしの善意を持つ人物です。善人が政治を執るなどおぞましい。腐った果実を放置して、他の実までも腐らせる」
早苗の足が空を捉え、腿の筋肉が弓のように引き絞られる。身体を前に倒し、肉食獣のそれのように姿勢を低く取る。
「死んどけや」
ムラサもナズーリンも白蓮を守ろうと動くが、その動きは致命的に遅い。アリスは呆け、霊夢は身体の痛みに動けずにいた。
早苗が顔を上げる。
青い眼光が遥か果てで星のように駆ける白蓮を捉えた。

――その瞬間、世界がひび割れた。

少なくとも霊夢にはそう見えた。霊夢たちの中心、その空間に亀裂が走り、ガラスが穴に落ちていくように、吸い寄せられていく。
「早苗!」
思わず叫ぶ。だが当の早苗も目を見開き、事態に備えるように身体を硬直させていた。ひびはさらに広がり、その中から墨をこぼしたような漆黒が覗く。飛びのく霊夢たち。だが、いくら進んでもまるで距離が開かない。
空間ごと吸い込まれている。
理解が遅れたのは、身体にまるで圧力を感じなかったからだ。気づけば目の前は黒色でいっぱいで、自身の周囲さえも細かなひびが走っている。
視界が割れる。眼球さえ砕かれたかと思う。まったくの闇の中へと吸い込まれ、声さえも闇の中に消えていく。
次に現れたのは、滝のように脳内に流れ込む情報だった。先ほど見た繁栄と荒廃の歴史。その一分一秒までもが脳裏に蘇る。同時に聞こえてくるのはその時の生々しい音声。悲鳴、歓声、怒声、笑い声。鼻には甘い匂いと刺激臭が押し寄せ、口の中に味さえ広がる。
五感それぞれで噛み合わない感覚を押し込まれる。激しい船酔いの感覚。頭痛と吐き気に霊夢は口を押さえようとするが、そもそも押さえるべき口や押さえる腕がどこかにいってしまっていた。
排水口に流される汚物はこんな感覚なのだろうか。そんなことを考えながら、霊夢は情報の濁流に飲まれて、

ことん。

身体の痙攣で目を覚ました。左手にかかったのは酒だろうか強いアルコールの匂いが香っている。恐らく自分が持っていたのであろう白磁の湯呑みが木製の階段を転がる。
眼をこする。
空はいつの間にか黒に染まっていた。その天頂には金色に輝く月がある。あの夜も空にはこんな月が浮かんでいたはずなのに、不思議とこの月は穏やかに見える。
「なんだよ霊夢。酔っぱらったのか?」
全身が静止した。湯呑を拾おうと手を伸ばした格好のまま、霊夢は軋むように顔を上げる。黒い帽子、白いエプロン、肩には箒を乗せていて、金色の髪の間には赤みかかった頬が覗いている。
魔理沙。
「な、あ、あんた死んだんじゃ」
「縁起でもない。なんだよ本当に酔ってんのか?」
魔理沙が傍に置いてあった水差しから水を注ぐ。湯呑みに注がれた水の冷たさに、否応なくこれが現実だと思い知らされる。
唇をつけた。
「霊夢さん!」
ぶほっ、と霊夢は水を吹き出した。階段を登ってきたのは見紛うことがない、東風谷早苗その人だ。
「さ、早苗!? なんでここに!?」
「なんでと言われましても。魔理沙さん、霊夢さんどうしてしまったんですか?」
「さあ? 頭のネジでも落したんじゃないか?」
霊夢じっと早苗を見つめる。早苗はそれを挑発とても受け取ったのか、腰に手を当てふんと荒い鼻息を吐く。
「もうっ。霊夢さん、主催者がそんなんじゃ困ります。この祭りは守矢神社の協賛なんですから」
「……祭り?」
「博麗神社の神遊び。現在進行形で忘れるなんて、どうかしてますよ。そんなことだから信仰が集まらないんです。霊夢さんももっと巫女としての自覚をですね」
「っと、ほれみろ」
空中を震わす振動に霊夢は思わず立ち上がる。敵の襲撃かと身構えるが、隣に立つ魔理沙はのんきに口笛を吹いていた。
「せっかちな奴らがおっぱじめたぜ。あれは萃香と――」
「あ、諏訪子様ですね」
空に広がる弾幕の花。色とりどりの火花がまるで生きているように空を駆ける。その間を鳥のように舞い踊る二つの影。弾幕の明りに照らされるその姿は、小さな鬼と鉄の輪を持つ少女だ。その顔に殺意はなく、純粋に腕の試し合いを楽しんでいる。
「――ここは」
「さ、行こうぜ」
脳裏に浮かんだ違和感は、手を引かれる感覚に霧散する。冷たい夜風は曇った頭を洗い流してくれるようで、手のひらの暖かさに身体の緊張がほぐされていく。眼下では出店の間を人々が行き交い、人間に化けた妖怪も同じように歩きまわっている。
その全員が顔に面を付けていた。
「なんで、お面を付けてるの?」
「アイデアを出したのは霊夢さんでしょう? 妖怪が人間を怖がらせないように、って」
そうか、自分はそんなことを言ったのか。
なるほど面白いアイデアだ。
「元々はパチュリーからのネタだけどな。はろいんとかいう奴な。飛ぶぞ」
石畳を蹴り、二人と共に空へと向かう。
その先には月の舞台でワルツを踊る二人の少女が居る。周囲には囃し立てる人影。あそこに立つのはアリスだろうか。BGMを奏でるのは騒霊たちだ。船の上から喝采を送る白蓮と神子たち。プロ根性で弾幕を避けつつシャッターを切るのは射命丸を始めとした天狗たちだ。
地上ではお面をかぶった人々が弾幕の空を眺めている。
人間も妖怪もここに居る全員がこの空気を楽しんでいる。ここでは誰もが平等だ。戦い一つにも皆が納得し、楽しむことができている。
その事実になんだか胸が熱くなる。
魔理沙から手を離す。左手には祓い棒。右手には五枚の札。風と共に飛び立つ鳥のように、霊夢は空の光へと駆け昇る。
「こらあ! あんたたち!」
何をすべきか自然と理解できる。自分が何者か定義される。人と妖怪の交わりし場所で、霊夢はその合間に滑り込む。
私は博麗の巫女。博麗霊夢だ。



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